浜田 理砂 稿「退職一時金に対する課税のあり方」

浜田 理砂 稿
「退職一時金に対する課税のあり方」

(立教大学大学院 院生)

 本論文で筆者は、「退職一時金に対する課税のあり方」というテーマの下で、制度上退職所得として扱われるべき「老後の生活費」としての退職所得のあり方を検討すると共に、本来は退職所得と給与所得とは同一の性格を有していることを踏まえて、両者に対する課税上のバランスを取るにはどうしたら良いかを考える。本論文の背景には、短期転退職の増加、成果主義による退職金の算定、給与増額による前払い退職金制度の導入など日本企業の雇用政策の転換により、本来の退職所得として扱うべき退職一時金の範囲や退職金給付の支給形態に変化が生じたことで、現行の退職所得課税制度の合理性や税負担の公平性に疑問符がついたという事実が存在する。かつての退職金支給方法と異なり、現在では、給与に上乗せして勤務期間中に支給されることや、企業年金として支給されることもあり、支給時期の相違によっては税負担の相違が生じるケースも出てきている。そこで、本論文では、近年の労働状況の変化に伴う退職一時金の内容や性質が変化してきたことから生じる問題や、退職金としての性格をもちながら支給時期の違いによる税負担が相違する課税アンバランスから生じる問題の検討を通じて、解決策を示そうとする。

 本論文は、現行の退職一時金の支給制度と課税制度を概観し、解決策への全体的プランを述べる第1章、退職金とそれへの課税制度の沿革を概観する第2章、従来の終身雇用、年功序列賃金という労働慣行の下で行われてきた退職所得への税負担軽減措置の本来的意図に照らして、その措置を現代においても継続すること必要があるのかに疑問を投げかける第3章、早期転退職者の増加や企業年金制度の変容などの労働雇用状況の変化の下で、退職一時金の性質が変化していることを示唆し、各種のデータを用いながら問題点の所在を指摘する第4章、退職金支給形態の多様化に対して表面化してきた税制の軋み(アンバランスな状態)を指摘する第5章、現在の制度において生じている各種の問題への具体的対処法として、新たな課税方法を検討・考察する第6章からなっている。

 各章における検討を通じて筆者は、将来的には、老後の生活費たる退職一時金に対象を限定し、退職所得課税の優遇措置を縮小させる必要があるとする一方、退職一時金の内容や受給方法の多様化に対応する解決策を提示することで、納税者間の税負担に不公平が生じないような制度の実現を目指そうとする。本論文は、近年の企業の雇用政策の変化による給与所得と退職所得に対する課税問題を考察した多くの先行研究への丹念な分析と併せて、雇用状況・退職制度の統計データを用いた綿密な検証等に基づいて作成されており、その背景にある地道な努力の積み重ねを感じさせる。退職金課税をめぐるこれまでの議論の経緯および現代的な問題点を的確に考察して、設定した問題に対する独自の結論を導いていることも評価できる。この種の問題を取り扱う例は多く、とくに目新しい研究とは言えないであろうが、解決策を導き出すための工夫と丁寧な検証は、十分に評価に値する。

論 文(PDF)・・・・・・2.19MB