山口 仁也 稿「法人税法における資産の販売もしくは譲渡における収益の課税タイミングに関する考察―22条の2における「引渡しの日」とはいつの日か-不動産取引を題材として―」

山口 仁也 稿
「法人税法における資産の販売もしくは譲渡における収益の課税タイミングに関する考察―22条の2における「引渡しの日」とはいつの日か-不動産取引を題材として―」

(名古屋経済大学大学院 院生)

 本論文では、平成30年に新設された法人税法22条の2でいう「目的物の引き渡し又は役務の提供の日」が何時なのかを検証しようとする。その構成は次の通りである。

 第1章では、課税タイミングに係る立法構造として、法人税法22条の2第1項及び第2項ならびに旧法人税法22条4項の規定の立法構造を概観し、引渡基準と権利確定主義との関係などに言及する。第2章では、従来の判例や通達を手がかりに、収益の課税タイミングを探るべく、権利確定主義・引渡基準・公正取引基準をめぐるこれまでの議論を紹介し、引渡基準の位置づけを明確にする。第3章では、不動産取引を対象に、法人税法で言う「引き渡しの日」とは何時なのかを解明すべく、不動産取引を題材に、判例研究を通しての検証を行っている。第4章では第22条の2第1項の「引き渡しの日」とは「権利確定主義そのものの表現ないし別称」であるとの立場から、別段の定めとして明文化する意義を考え、新会計基準の適用に向けて、大法人に対する啓蒙の必要性を説く。

 法人税法第22条の2は、収益認識基準の公表を契機として、従来からの法人税の立場を明らかにした規定であるが、これまでなかった網羅的で包括的な収益認識基準が定められたことで、法人税法の通則規定や公正処理基準との関係が、改めて問題とならざるを得なくなった。筆者も述べているように、新会計基準の導入に当たり、法人税法は企業会計に準拠し同居するのではなく、その独自性を優先すべく別段の定めを設けたと言えよう。筆者は引渡基準を「権利確定主義の引渡基準」として、法人税法22条の2の規定振りは、大竹貿易事件における最高裁判決を明文化したもので、法的安定性と予見可能性、公平な課税への実現を目指したものと評価し、今後においても権利確定主義が消滅しないことを願っている。「引き渡しの日」については、企業会計、会社法、法人税法を多面的に捉えて、企業会計での実現主義は法人税法では支持されず、公正処理基準における恣意性排除の要請にも応えるものとしている。筆者は法人税法22条の2の規定の存在を深掘りし、 学説や裁判例、関連法規を踏まえながら熟考している。引渡基準が明文化されたことにより、権利確定主義の及ぶ範囲は狭まるが、かねて引き渡し基準が権利確定主義と齟齬なく運用され、かつその好例とされてきた経緯に鑑みれば、権利確定主義の思考が引き継がれることは十分に想定できる。筆者が、今後においても権利確定主義の引渡基準は堅持されるべきと提言したことは適切で、実際の取扱いにも沿う考え方であろう。もっとも、考察の射程を「不動産」に限定したことについては評価が分かれるであろうし、ビックカメラ事件判決など、近時の判決との関係などの考察も、是非知りたいところである。そういう点で宿題は残されているが、この段階でも本論文が意図する目的自体は、達成されているのではなかろうか。理論構成と議論の組み立てを含めて、本論文は、租税資料館賞に値する内容を備えていると評価する。

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