石渡 智大 稿「租税条約における仲裁手続について―制度の導入拡大及び実施の観点からの検討―」

石渡 智大 稿
「租税条約における仲裁手続について―制度の導入拡大及び実施の観点からの検討―」

(国税庁長官官房相互協議室/一橋大学国際・公共政策大学院 院生)

 本論文は、租税条約における紛争解決手段としての仲裁手続を取り上げる。筆者は、OECD、米国、EU及び国連の仲裁手続の内容を考察し、制度の導入拡大への方策を探ると共に、実施の観点から望ましい仲裁決定方式を探ることを念頭に置きながら、仲裁手続の現代的な課題について考察を行い、今後の方向性を検討した上で、将来に向けての提言を試みる。

 筆者は、仲裁制度の導入拡大の観点からは、導入が比較的容易な自発的仲裁(仲裁付託のために権限ある当局の同意が必要な制度)を紛争解決のミニマム・スタンダードとして位置付け、既存のOECD/G20の包摂的枠組みを活用する方策を提言する。併せて、仲裁手続の実施の観点から、独立意見方式及び最終提案方式の長所・短所を検討した上で、権限ある当局間における実施取決めによって、最終提案方式を採用する事案を予め指定し、2種類の決定方式を効果的に採用する方式を提案する。

 仲裁手続の導入拡大は、現在の経済のデジタル化への税制上の対応の検討においても最重要課題の一つであり、筆者の問題意識はタイムリーであり、現在の仲裁手続の状況及び課題等について、よく整理されて、論じられている。また、相互協議を始めとした紛争解決手続のこれまでの経緯や法的論点についても詳細に検証しており、引用文献の質・量ともに十分である。外国文献についても的確に参照していると評価される。

 仲裁手続の拡大策として、自発的仲裁という新しい枠組みに着目するなど、筆者なりのオリジナリティが示されている点や、広い視点から問題を捉えようとする姿勢、また、時に示されるバランス感覚の良さなども印象的であった。

 仲裁の実施の観点からは、最終決定方式を採用する事案を予め指定して、2種類の決定方式を効果的に採用する方策を提案している点なども、本研究の特色の一つに挙げることができる。予測可能性の観点からすれば、可能な限り早い時点で、いずれの仲裁決定方式によるのかを納税者に教示することは望ましいことであり、このような指摘は、今後の我が国の仲裁に関する租税条約ポリシー上、有益な示唆を与えているのではなかろうか。

 仲裁手続に関しては、途上国を中心に未だ消極的な態度を示す国も多い。紛争解決の機会を向上させるため、既存の仲裁手続の枠組みにとどまらない方策として、非拘束的な方法等についても各国で検討が進められており、本論文のような研究のさらなる展開が期待されるところである。それらのことも総合的に判断して、本論文は租税資料館賞にふさわしいと評価する。

論 文(PDF)・・・・・・1.45MB