金山 知明 稿「申告納税制度下における税務行政の公正と自発的コンプライアンスの研究―公正理論とオーストラリアの実例に基づく考察― 」

金山 知明 稿
「申告納税制度下における税務行政の公正と自発的コンプライアンスの研究―公正理論とオーストラリアの実例に基づく考察―

(税理士)

 本稿の目的は、税務行政の手続的公正と、行政制裁の応報的公正の観点から、申告納税制度下において納税者の自発的なコンプライアンスを向上させるためにはどのような施策が必要かを検討することにある。筆者は、税務行政における公正と納税者行動の関係について社会心理学上の公正概念をもとに検討をし、手続的公正で最も重要なのは、「規制者の被規制者に対する接触の性質」(税務行政で言えば、税務当局が納税者に対して取る態度)であるとして、オーストラリアの税務行政変革の成果を参考に、日本の加算税制度変革への示唆を得ようとする。

 筆者は、税務行政上の「手続的公正」と「応報的公正」に焦点を当て、税務行政においてこれらの公正を実現するために、オーストラリアにおいては納税者権利憲章のようなソフトローが納税者の自発的コンプライアンスの誘因となっている点を積極的に評価する。その上で筆者は、わが国の税務行政についても、納税者の義務的コンプライアンスから自発的コンプライアンスに変革させることが必要であると結論づけている。

 公正概念等の用語を用いて説明を加えるにせよ、納税者の税務行政に対する協力を引き出す上で納税者権利憲章が重要なことはOECD諸国でも共有されている考え方であるから、筆者の論旨が目新しいとは必ずしもいえない。ただし、手続的公正の視点が、我が国の申告納税制度における円滑な税務行政の遂行に重要ではあるとする筆者の指摘は確かである。本論文が公正概念の視座から納税者権利憲章と租税手続法の関係性をソフトローとハードローと明確に位置づけて、それぞれの在り方をオーストラリアの現状を整理し提示したことは、とりわけ意義深い。

 我が国の平成23年の国税通則法改正の過程で、納税者権利憲章について制定するか否かが正面から議論された。「納税者権利憲章とは何か」という点について明確な定義はないが、OECD租税委員会「納税者の権利と義務」プラクティス・ノート(2003年)によれば、「納税者憲章」(Taxpayer’s charter)とは、「納税者の税務に関する権利・義務をわかり易い言葉で要約しかつ説明して、こうした情報を多くの納税者に周知させ理解させようとする試み」と定義されてきた。OECDの調査によれば、現在、加盟国30力国中、「納税者憲章」は24力国で制定されており、わが国を含めて6力国で制定されていないことが紹介されている。納税者の自発的コンプライアンス向上視点からの納税者権利憲章の制定の是非は今後も問われていくことになろう。将来に向けて増税が不可避である我が国においても、納税者の自発的コンプライアンスの向上はますます重要な課題となってきている。その課題に対して公正概念から切り口をつけて解決の方途を示した本作品は、租税資料館賞に十分値する。

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