久保 綾子 稿「余剰容積の移転に伴い支払われた対価の所得区分―所得税法33条1項かっこ書きの解釈を中心に―」

久保 綾子 稿「余剰容積の移転に伴い支払われた対価の所得区分―所得税法33条1項かっこ書きの解釈を中心に―」

(青山学院大学大学院 院生)

 本論文は、余剰容積(未利用容積率)の移転に伴い支払われた地役権の設定対価の所得区分が争われた、余剰容積利用権移転事件判決(東京地判平成20年11月28日)を手がかりにしながら、余剰容積の移転をめぐる所得区分に関する有効な解釈アプローチと解釈のあり方を探り、提言しようとする。

 本論文の第一章では、現行所得税法の取り扱いや剰容積移転を可能とする制度を踏まえて、余剰容積移転にかかる課税関係と契約形態などを検討した上で、余剰容積利用権移転事件判決を取り上げ、事案の概要や裁判所の判断と学説の動向などを紹介する。筆者は、この判決における借地権設定の対価を不動産所得と解する判決や学説の理解の仕方に対して疑問を提示する。第二章では、「資産の譲渡」の意義に照らして、裁判例等を参照しながら譲渡所得課税の趣旨と意義を検討し、解釈上の不動産所得と譲渡所得の区別を明らかにしようとする。第三章では、サンヨウメリヤス土地貸借事件判決(最判昭和45年10月23日)を中心として、借地権の設定に伴い支払われた権利金の所得区分を考察すると共に税法の類推解釈の意義を検討する。筆者は、類推解釈の意義や税法における類推解釈の許容性などを考察した上で、少なくとも、昭和45年最高裁判決の先例拘束性が及ぶ限りは、譲渡所得に当たるとする「類推解釈」を行うことも許容される、とする。結論となる第四章では、有効な解釈アプローチへの提言を試みる。具体的には、譲渡所得該当性の解釈アプローチとしては、①所得税法施行令79条1項の厳格解釈アプローチ、②所得税法33条1項の文理解釈アプローチ、③同法33条1項の類推適用アプローチがあるが、譲渡所得該当性をめぐる解釈のあり方としては、①と③のアプローチが妥当であり、それらの検証には同法33条1項かっこ書きの存在意義を検討することが重要であることを指摘する。その結果筆者は、昭和45年判決の先例拘束力が現在も働いていることを明らかにし、その結果として、余剰容積の移転に伴い支払われた地役権の設定対価の所得区分の解釈に当たっては、③の所得税法33条1項の類推適用アプローチが有効であることを提言する。

 余剰容積利用権移転事件判決を契機としてではあるが、「空中権」の活用や売買としての余剰容積の移転という新しい法律問題を取り上げた視点には優れた感性を感じる。基本判例である最高裁判決のみならず個々の論点の考察に際して取り上げた判決・学説の分析作業における丹念さも特筆すべき点がある。租税法の検討に際して、その基礎となる民法上の議論や行政法上の議論などの他の分野への目配りも行き届いており、着実な考察態度には好感が持てる。それらの基本的作業を踏まえた上で、自らの解釈アプローチを提示しているため、筆者の主張がより説得的となっている。文章も読みやすく、内容の充実度から見ても、租税資料館賞論文としての水準を十分にクリアしている。

論 文(PDF)・・・・・・1.29MB