田澤 広貴 稿「債務免除益の所得区分決定における判断基準の考察―不動産所得と一時所得における債務免除益を中心に―」

田澤 広貴 稿「債務免除益の所得区分決定における判断基準の考察―不動産所得と一時所得における債務免除益を中心に―」

(明治大学専門職大学院 院生)

 本論文で筆者は、航空機事件や農業組合員事件などの裁判例に触発されて、債務免除益の所得区分を決める基準を明らかにしようとする。かかる研究の背景には、債務免除益が不動産所得であるのか、あるいは一時所得に該当するのかの判断が分かれていることで納税者に不利益が生じていること、さらには、超低金利政策による不動産への過剰融資やコロナ禍によって企業業績の悪化が懸念される近時の経済環境により、債務免除益の所得区分についての判断が求められる税務事例が多発する可能性があることなどの判断がある。

 本論文は5章で構成されている。第1章では、沿革的検討を経て、所得税法における債務免除益をめぐる制度の概要を確認する。第2章では、債務免除益が経済的利益であることの根拠が曖昧であるという問題について、米国における議論(取引全体アプローチ、純資産アプローチ、借入金アプローチ)やそれに関連する日本の学説を検証する。筆者は、借入金アプローチが他のアプローチに対して優位に立っているとの判断から、このアプローチに基づき債務免除益の所得区分を検討する立場を取ろうとする。第3章では、債務免除益の所得区分につき従来の所得区分基準が当てはまらない理由として、不動産所得の範囲が明確でないことと、(日本においては)債務免除益が経済的利益に当たる根拠(債務免除益課税理論)が明示されていないことの二つを挙げて、この二つの問題を解決するために近時の裁判例の動向を紹介・検討する。第5章では、本論文の全体的総括をすると共に、債務免除益の所得区分の判断基準とどのような要因を重視すべきかをめぐる各説の検討を行い、筆者自身が導き出した結論を披露する。

 本論文では、対象とする債務免除の範囲や専門用語の意義を明確にした上で、議論を展開している。そのことは議論の正確性に注意を払い、理解の共通化を図ると共に曖昧さを排除するという研究姿勢の現れであり、第一に評価される点である。具体的な議論の内容をみるならば、本論文は、先行研究の丹念な渉猟に基づき、債務免除益が不動産所得に当たるか、あるいは一時所得に該当するかの区分基準を検討している点に特色がある。さらに、最近の判例のタイムリーかつ綿密な分析に基づいて、債権者と債務者のとの間に債権債務関係しか存在しない場合には、債務消滅要因重視基準を適用して所得区分を決定すべきことや、債務者が債権者に影響力を与えるような特別な関係性がある場合には、債務発生要因と債務消滅要因を考慮して所得区分を決定するという結論を提示している。筆者が示す結論は、不動産所得と一時所得の間での区分にとどまらず、所得区分一般をめぐっての議論にも応用しうる可能性を秘めている。米国における先行研究についての紹介も、単なる孫引きなどではなく、直接的に検討していることが窺われる。それらの点を総合的に勘案すると、本論文についてはその実証性と独創性が高く評価され、租税資料館賞の受賞に十分値する。

論 文(PDF)・・・・・・942KB