有元 史朗 稿「取引相場のない株式の評価に関する一考察―評価における税目間の差異―」

有元 史朗 稿 (産業能率大学大学院 院生)
「取引相場のない株式の評価に関する一考察―評価における税目間の差異―」

 4つの章から構成される本論文は、取引相場のない株式の評価に関し、所得税法及び法人税法において税務上の評価方法が法定されていない現状に起因する時価の差異、一物一価の問題、評価通達の参酌準用の適否に関する検討を通じて、時価の評価方法のあり方について提言を行った研究である。まず、第1章にて、タキゲン事件を起点に3つの問題提起を行い、第2章で、相続税、所得税、法人税の時価の定義や、評価通達における取引相場のない株式の評価方法、評価通達改正の経緯、評価通達の射程範囲について考察を行っている。第3章では、幾つかの裁判例をもとに、一物二価や法人税額等相当額の控除といった実務上の具体的な問題点に触れ、第4章で、取引相場のない株式の税目間における評価概念の違いから、所得税、法人税においては、どのような評価が望ましいかについて検討し、評価通達の準用の在り方や、評価方法の見直しについて提言を行っている。

 株式の価値は何で決まるかという問題は、経済学の理論では「配当還元方式」で決着しているが、取引市場があってときどきの価格が明確に決まる株式においても、将来の配当流列や割引率をどうするかという現実的な問題があり、課税実務上、これを直ちに採用することはできない。ましてや、取引相場のない株式については、経済学は沈黙するのみである。本論文は、これはこうした難しい問題に果敢に切り込んでおり、その意欲は評価に値する。
本論文は、タギゲン事件に関する地裁、高裁、最高裁の判決に関して極めて緻密な分析を行い検討すべき問題点を明確化したのち、かかる問題点を解決するために膨大な先行研究の綿密かつ論理的な解釈に基づき、以下のような相当の結論を導いている。
 ①税法上の時価は各税目ともに「客観的交換価値」と解釈されているが、具体的な定義がなく、取引相場のない株式については相続税法の思考を基礎に評価通達において規定の整備が進んだが、税目間でいまだ齟齬が生じる事案がみられること。
 ②税目間の齟齬に起因する実務上の問題として一物一価と評価差額に係る法人税相当額控除の問題があり、前者については譲渡者側で判断すべき問題であって一物二価による評価の妥当性を示し、後者については解散価値ではなく個人と法人の違いをしん酌して税目間で差異を設けること。

 著者は、自身の結論を実務に適用する場合、実態判断基準の未整備や税目間の差異の未解消等があると難点も指摘するが、文面から真摯な研究姿勢がよみ取れることも高評価に資する。
 但し、書き方の問題として、判例や学説引用がやや長すぎ、かつ頻繁に過ぎるきらいがあること、また法令の条文や通達をそのまま掲載していることが論文を必要以上に長くしてしまっている感があることは残念である。
 しかし、こうした書き方の問題を考慮しても尚、本論文は租税資料館奨励賞の受賞の水準に達していると判断した。

論 文(PDF)