大野 道千 稿「国際相続における課税管轄権行使の国際的調和化に関する研究―属人主義の法理論的妥当性を探る―」

大野 道千 稿 (大阪経済大学大学院 院生)
「国際相続における課税管轄権行使の国際的調和化に関する研究―属人主義の法理論的妥当性を探る―」

 本論文は、国際化の進展の中で、今後増加が見込まれる国際相続に際して想定されるOECDモデル相続税条約が規定する「住所地での相続・贈与税の全世界課税」及び「当該地での二重課税調整」の仕組みを念頭に置き、その際の住所地の解釈に関する国際調和の可能性を、国際私法の「常居所」概念の下に整理し直し、今後の租税条約での住所概念の解釈のガイダンスにすることを主張するものである。

 第1章では、法の適用に関する通則法で採用されている「常居所」概念を幅広く検討している。相続についての「本国法主義」の原則についても、係争事案では常居所で判断される事案が多いことを指摘し、立法論としての現行法の妥当性にも言及している。
 第2章では、相続税法の課税権配分が、属地主義から属人主義に変更された経緯を検証し、属人主義の適用に際し、住所と国籍の複合基準を持つことの意義を確認の上、住所の解釈適用に際しては常居所に沿ったものとすべきと主張している。
 第3章では、住所、国籍、財産の所在という相続税法の課税権配分のメルクマールが、相続人のみならず被相続人についても重視される点について、検証を行っている。
 第4章では、比較法研究を行い、まず、属地主義の日米相続税条約と属人主義のOECDモデル条約を対比検討したうえで、最後に、常居所に基づく域内での基準統一を目指すEUの動向を、著者の意見に沿ったものとして紹介している。

 近年、国境を越えた移住や婚姻等の増加及び国際投資等も起因となる国外財産の増加により、国際相続における相続・贈与税の課税管轄問題は、我が国でも関心を呼ぶようになっている。居住地原則や国籍に基づく課税対象の画定は、国内法で整備されてきたが、2国間で課税ルールを合意した租税条約は、現在、日米間のものしかなく、法整備は十分とは言えない。

 著者は、上記のような我が国の政策動向に関する明快な問題意識を背景に、国際私法で各種経済行為及び身分行為の法管轄を決定する際に活用される「常居所」概念を、国際相続における課税管轄についても、より広く参照すべきと主張し、そのための多角的な検証を行っている。
 そのため必要となる比較法分析では、「財産所在地」型条約及び「住所地」型条約を比較検討し、更には、属人主義原則に依拠すべきとするEUの議論を、原典に当たって紹介して、自説の根拠とするなど、説得力の強化に努めている。
 先行研究に依存している面は一部認められるが、全体的に論旨は一貫しており、また、立法経緯・判例の検証も適切に行われており、奨励賞に十分値する修士論文と認められる。

論 文(PDF)

2022年12月26日 下記の参考文献を追加しました。
・本文48ページ 脚注及び79ページ参考文献
 髙橋麻莉「相続税条約における居住地振り分け規定―1982年OECDモデル相続税条約全部留保の意義ー」日税研究賞入選論文集44号(2021)