諏訪 晴美 稿「実質的な共同事業において個人が分配を受けた損益に対する所得課税―匿名組合契約等の私法上の典型契約が締結されていない事業形態を対象として―」

諏訪 晴美 稿 (青山学院大学大学院 院生)
「実質的な共同事業において個人が分配を受けた損益に対する所得課税―匿名組合契約等の私法上の典型契約が締結されていない事業形態を対象として―」

 本論文は、実質的な共同事業(組合契約等が締結されていないが構成員に共同事業者としての地位が認められる共同事業)において個人構成員が分配を受けた損益に対する所得税の課税方法について、妥当な解釈を示すことを目的として、次の構成により検討するものである。すなわち、「はじめに」、第1章「裁判例―『共同してその事業を営む者としての地位』に基づく課税」、第2章「私法上の契約関係と課税における実態論の分離」、第3章「共同事業者課税が適用されるべき事業体」、第4章「事業所得の帰属の判断から生じる問題」、第5章「事業体の構造と所得税法」、第6章「実質的な共同事業における損益の分配への課税」、「おわりに」という構成である。

 本論文は、これまで研究の蓄積が十分ではない共同事業に係る所得課税、しかも匿名組合契約等の私法上の典型契約が締結されていない事業形態(実質的な共同事業)に係る所得課税の問題を扱うものであり、そのテーマの斬新性と重要性が認められるのみならず、「未開拓の分野」に挑戦しようとする意欲作である(実質的な共同事業も一定の合意により形成される法律関係に基づく共同事業である以上、意思解釈の問題に立ち入って「未開拓の分野」の意味を更に明らかにすれば、研究の意義はより高まったであろう)。特に斬新性については、実質的な共同事業に係る所得課税を、いわゆる直接認定アプローチ(直接把握の方法)によって判断していこうとする点で、私的取引は第一義的に私法によって規律されるとする伝統的な考えに挑戦するものであり、大いに評価したい。

 本論文の具体的な内容をみておくと、実質的な共同事業について、民法上の組合(外的組合)の成立を前提として所得の帰属を判定する「組合契約アプローチ」及びそれに基づく共同事業者課税(パス・スルー課税)ではなく、匿名組合内的組合説をベースにして共同事業的な事業を内的組合として構成しその構成に基づく共同事業者課税(ペイ・スルー課税)を提唱するという点に、独創性のみならず貢献性も認められる。しかも、本論文は、実質的な共同事業にパス・スルー課税を行うと所得の認識時点の判断が所得税法の基本的な解釈から導かれる結果と「背馳」することへの対処方法としてペイ・スルー型共同事業者課税を提唱するが、この論理展開にも独創性が認められる。その間の論旨の展開は明快である。
論文作成作法にも特に問題はなく、よく練り上げられた完成度の高い論文である。

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