外川 和希 稿「消費税法における居住用建物に係る仕入税額控除について」

外川 和希 稿 (文京学院大学大学院 院生)
「消費税法における居住用建物に係る仕入税額控除について」

 本論文は,賃貸可能な居住用建物に係る仕入税額控除について,新たな控除額計算方法を提案するものである。

 第1章では,消費税法における仕入税額控除の制度の概要及び課税仕入れの用途区分の問題を論じている。第2章では,特に金地金取引による消費税還付スキームに対抗するための令和2年度税制改正が居住用賃貸建物の取得に係る課税仕入れを仕入税額控除の仕組みからほぼ排除するネガティブな効果を生じさせていることが示されている。第3章は,仕入税額控除における仕入れの用途区分問題を扱い,「目的混在型共通対応分」に該当する居住用建物に関し,課税売上割合を用いた按分計算では実態に即した仕入税額控除を行うことは困難であるとしている。最後の第4章では,立法論として,すべての居住用賃貸建物について,居住用建物の課税仕入れのその事業部門における比率による按分計算方法,及び,居住用建物の仕入時において見込みで暫定的な控除を行い,一定期間経過後又は譲渡時に実績に基づく調整を行うという方法を提案している。

 本論文は,これまで実務上問題になっていた賃貸の可能性のある居住用建物に係る仕入税額控除の問題をクリアに指摘するとともに,消費税還付スキームをくじくための令和2年度税制改正が賃貸の可能性のある居住用建物に係る仕入税額控除に対しネガティブな影響を与えていることを明確にした上で,筆者の考える全く新しい制度を提案している点において,新規性が認められ,またその実証性においても他の論文と比較しても優れた論文である。一見すると,本論文は扱う対象の点では「間口」は狭いように思われるものの,検討する問題の制度的・理論的意義の点では「奥行き」・「広がり」があるものとみることができる。これを評価すると,明確な問題意識に基づき,現行制度の仕組み及びその基礎にある考え方に関する正確な理解を踏まえ,居住用建物に係る仕入税額控除の検討において論旨を明快に展開するにとどまらず,加えて,オーバーインクルージョンが問題となり得る令和2年改正の見直しについて説得力ある提言をも行うものであり,実証性,独創性等(貢献性)の点で優れた業績である。

 もっとも,本論文にも問題がないわけではない。たとえば第1章は消費税法における仕入税額控除の仕組みの解説及び居住用建物に係る仕入税額控除の問題点を述べることが主眼であると認められる限り,同章第4節の「令和2年改正の概要」はやや異質であり,令和2年改正を扱った第2章でまとめて記述されるべきではなかったのかという論文構成上の問題点も指摘せざるを得ない。しかし,このことは望蜀であり,本論文の本質的評価を大きく損なうものではない。

 以上,本論文は,論文構成の行き届いた整理,検討の手順の手堅さ,文章の読みやすさといった点でも,良好な水準にあると認められる。よって,本論文は租税資料館奨励賞を授与するにふさわしい水準に達していると評価することができる。

論 文(PDF)