柿野 介成 稿「法人所得課税上の支払利子控除制限に関する一考察―多国籍企業の資金調達を巡る課税問題を中心に―」

柿野 介成 稿 (立命館大学大学院 院生)
「法人所得課税上の支払利子控除制限に関する一考察―多国籍企業の資金調達を巡る課税問題を中心に―」

 

 本論文は、多国籍企業グループが各国税制の相違を衝いた資金調達戦略(高税率国でデット発行、低税率国でエクイティ発行)によって、グループ全体としての正確な課税所得の測定に必要な以上に利子費用控除を活用している現状を明らかにした上で、これに対するOECD/BEPSプロジェクトでの議論状況、我が国税制におけるこれまでの対応(過小資本税制・過大支払利子税制)とその限界の指摘、英国におけるワールドワイドのデット・キャップ制度および米国のグループ・ワイド・アプローチ等を比較検討した上でそれぞれの利害得失を丁寧に論じる。これらの検討結果を踏まえつつ、平成31年税制改正後の我が国の税制がなお維持する固定比率ルールが上述の租税回避問題の対応策として十分ではないと指摘し、実行可能性を意識しつつ、デット・キャップ・アプローチに基づく独自の制度改正案を提示している。

 本論文は、近時の国際課税における重要論点の一つであって膨大な情報が存在する論題について、要領よく最新の議論状況をまとめたものである。論文の構成は無理がなく、比較的短い分量の中で、必要な要素・情報を手順良く整理している。英語文献を最新のものも含め広く収集して読みこなしていることは、修士学生の作品としては満足のゆく水準に達しているということができよう。具体的なケーススタディなどがあればさらに高い評価となったであろうが、労作と評価することができる。

 最終章における本論文独自の改革提言の部分については、前章において整理した英国及び米国の制度的対応の経験を踏まえながら、制度の適用が容易であり我が国での実行可能性が高いという点で英国のアプローチを基礎としつつ、グループ・アプローチが機能しない場合に備えて既存の支払利子控除制限規定も併存させるべきである、と主張する。外国法の制度のエッセンスを要領よく押さえた上でのバランスのよい立論であり、修士論文としては高い水準にあると評価しうる。もっとも、欲を言えば、実行可能性に着目した提言である以上、実際に導入した際に生じうる日本企業のコンプライアンス費用の問題、特に英国その他の諸外国が同様に一国単位のデット・キャップを採用している場合の処理の問題など、もう少し踏み込んだ検討が必要であればなおよかったと思われるが、これは修士論文に求めるのはやや酷ということになろうか。全体として、複雑な論題を、その複雑さと情報の多さに絡め取られずに、しかし過度に単純化することもなく、要領よく処理をした手際の良さが目立つ論文であり、こうした構成力・情報処理力において高く評価しうる点が、奨励賞に相応しい論文であると判断した理由である。 

論 文(PDF)