尾崎 佑樹 稿「事業所得における教育費・資格取得費の必要経費該当性―大阪高裁令和2年5月22日判決を題材として―」
尾崎 佑樹 稿 (名古屋学院大学大学院 院生)
「事業所得における教育費・資格取得費の必要経費該当性―大阪高裁令和2年5月22日判決を題材として―」
本論文は、事業所得における教育費の必要経費該当性について論じたものであり、筆者による2つの問題意識が研究の起点となっている。一つには、人的資本への投資の重要性が叫ばれる昨今にありながら、その投資たる教育費に対する課税の問題が活発に議論されていないこと、もう一つには、筆者自身が技術・資格の取得とその維持を必要とする事業を営む中で、税法上の教育費の取り扱いについて疑問を感じていることである。大所高所からの視点に加え、筆者自身の職業上の体験が研究の端緒となっている点で、その切実な思いがまず読者を捉える。
教育費に関する筆者の疑問は、教育費の必要経費該当性を判断するための規定の不十分さという論点として明示されている。その上で、論文の目標は、大阪高裁令和2年5月22日判決(本件)の妥当性の有無について私見を述べることに設定されている。
第1章では本件の概要と判旨を説明し、続く第2章では、必要経費該当性の判断の根拠となる所得税法37条1項について、その沿革および同規定の基礎を構成する諸概念の検討、文理解釈を行っている。第3章では、第2章で行った文理解釈に基づき、所得税法における教育費の取り扱いを論じ、それが具体性や統一性を欠いていることを問題点として指摘する。第3章の後半では、教育費の必要経費該当性を判断する上で重要となる業務関連性の判断基準が、国内の関連法規では必ずしも十分に示されていないことを指摘した上で、米国の財務省規則における判断基準等を援用しながら、必要経費該当性を判断するための独自のフローチャートを提示している。そこでは「業務関連性」について、①能力維持・向上基準または使用者基準、②「新たな事業に繋がらないか」(「新規事業への展開可能性」とでもいうべきか)という二つの判断基準が示されている。実質的な最終章となる第4章では、本件の判決について、5つの観点から詳細に検討を行い、当該教育費が必要経費に該当し得るとの結論を示している。
問題意識から論点が絞り込まれ、その論点の検討を経て結論に至る論文構成は明快かつ具体的である。また、関連法規の解説や文理解釈はいずれも簡潔な文章で記述され、修士論文にありがちな冗長さも見られない。これらの点で、本論文は、修士論文として、さらには奨励賞受賞論文として必要な論理性を十分に備えていると言える。
米国の関連法規の検討については、やや特定の文献にのみ依拠した記述が気になるものの、先行する海外の法規や裁判例を援用しようとする点は、むしろ研究に対する積極性として評価したい。
教育費の必要経費該当性の判断基準のうち、筆者が特に問題視する業務関連性については、米国の財務省規則における「能力維持・向上基準」および「使用者指示基準」に加え、「一体の経済活動の実態」の概念、「経営判断原則」の法理も加味した、多角的な判断基準の必要性を指摘している。さらにその判断基準は、フローチャートという形で視覚的に示されており、これらの点は本論文の独自性として評価できる。
本件の判決に対する筆者の見解のうち、当該教育費の新規事業への展開可能性をめぐる批判については、やや結論ありきの面はうかがえるものの、第3章までに展開してきた議論、ならびに第4章で紹介される整体・カイロプラクティック業務やその技術を教授する専門学校のカリキュラムの実態を踏まえれば、筋違いの論理とまでは言えない。この点については、筆者も60頁で述べているように、医療従事者としての思いがやや先走ってしまったものとして好意的に受け止めたい。またこの点をもって、全体の論理性が揺らぐこともないと判断した。
以上、本論文は租税資料館奨励賞受賞の要件を満たしているものと考える。