齋藤 理基 稿「残余利益分割法の適用をめぐる所得配分のあり方―リスク・超過コストアプローチの提唱―」

齋藤 理基 稿 (青山学院大学大学院 院生)
「残余利益分割法の適用をめぐる所得配分のあり方―リスク・超過コストアプローチの提唱―」

 移転価格税制では、近年、高度な無形資産の超過収益への貢献を所得配分に反映させる方法として、残余利益分割法が多用されている。同手法による算定では、超過収益に貢献する具体的判断要素の提示に際して、主観的・恣意的なものが入りやすいため、税務紛争を惹起することとなっているとの現状認識の下、筆者は、その不明確さを是正し予測可能性を担保する方向での残余利益分割法の適用の在り方を提示しようとしている。

 第1章では、基本利益の算定と残余利益の分割の2段階に分けられる残余利益分割法の適用に関し、第1段階の基礎的利益算定においては、比較対象取引選定に係るホンダ事件判決、第2段階の残余利益への貢献度測定については、収益への無形資産貢献に焦点を当てた従来の分析方法(TDK事件及び武田薬品事件)に加え、それに一石を投じた日本ガイシ事件高裁判決を中心材料にして、上記の問題提起が行われている。
 第2章から第4章にかけては、移転価格税制の改正経緯の中で残余利益分割法が規定されるに至った立法経緯の確認と、実定法の構造の確認であり、筆者の問題意識の背景及び処方箋の必要性の根拠の解説の部分であり、もっぱらリサーチ結果のまとめとなっている。
 第5章で、もう一度、筆者の問題意識の詳細な提示(第1段階については政府規制の影響の斟酌に焦点を当て、第2段階では分割要因の在り方に焦点を当てている)が行われ、第6章での提言(分割要因となる独自の機能へのアプローチ方法の提示を中心としたもの)につなげている。

 筆者は、日本ガイシ事件判決が採った重要な無形資産以外の分割要因を斟酌すべきとする立場に立って、その分割要因に、市場規制等の事情(不可分の個別要素)を斟酌せず、もっぱら、当事者の行為(独自の機能)によるべきものとする立場をとっている。この考え方はOECDガイドラインの方針とも同じであり、むしろ、従来の分割要因を無形資産のみに集中した税務実務に対する適切な批判とも評価できる。
 親会社のリスク負担に係る経営判断などは、移転価格上の分割要因とならず、それらに相当する超過収益は、株主としての配当収受権に反映されると割り切っている。 
 この考え方は、親子間であっても契約上対価の授受を必要とする役務提供が認められる場合にのみ、移転価格が出動するとのOECDガイドラインの理解に沿っているとも言え、また、分割要因としてのリスクは機能に体現されたものであるべきとのガイドライン原則にも合致している。

 提言に際して、先行文献を多く参照している点や、現在進行中の2つの柱改革での市場国への課税権配分の動きとの関連など、深掘りの余地はあると思われるが、新しいテーマを判例変更も反映しつつ分析している点など、修士論文としては奨励賞に値するとの価値のあるものと判断された。  

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