佐藤 瞬 稿「債務免除益の所得区分の判断基準―債務免除益の性質に着目したアプローチの提唱―」

佐藤 瞬 稿 (青山学院大学大学院 院生)
「債務免除益の所得区分の判断基準―債務免除益の性質に着目したアプローチの提唱―」

 本論文は,債務免除益の所得区分について民法上の学説や租税法の裁判例及び学説を検討し,現行民法上では債務免除は債権者の一方的な意思表示による単独行為であり,債権者から債務者に対し一方的に与えられる経済的利益であることに鑑みれば,所得税法上,債務免除時点判断説にしたがえば,債務免除益は原則としてすべて一時所得に該当すること,ただし,例外的な場合には,債務免除時点判断説に基づき,①債務者の労務の提供の程度と②債務免除益の金額の相当性を考慮して,その債務免除益の法的性質を判断すべきことを主張している。

 本論文の構成は,次の通りである。第1章では,債務免除益の所得区分に関する最近の裁判例を紹介する。第2章では,債務免除益の課税根拠とその所得区分の判断基準について既存の学説の整理を行う。第3章では,日本の所得税における所得概念や所得税の類型,及び,所得区分の理由について記述している。第4章では,債務免除益の民法上の法的性質を,債権者の一方的な意思表示による単独行為であるとする。最後の第5章で,債務免除益の所得区分は,債務免除の時点における債務免除益の法的性質で判断すべきであり,その法的性質は,①債務者の労務の提供の程度と②債務免除益の金額の相当性の2つの考慮事項によって判断すべきであると結論づけている。

 債務免除益の研究は,従来からかなりの蓄積があり,近時にも優れた研究成果が発表され,本論文のテーマ自体に斬新さはない。しかし,従来の学説を独自の視点に基づき丁寧に整理した上で,詳細な検討を加える筆者の論点整理能力及び類型化能力は大いに評価することができる。特に,本論文における債務免除益の性質をいつの時点で判断するべきかという論点は,債務免除益の性質に係る純資産アプローチと借入金アプローチと密接に関連しており,それを明確に整理した点において本論文の十分な功績が認められる。また,債務免除益の民法上の性質に着目して分析するのは新しい視点であり,この点についても大いに評価されるべきであろう。

 全般的に見て,本論文は,あり得る反論を想定しながら,自説の優位性を論理的に検証しており,説得力があるのみならず,論理性にも優れていることに疑いはない。ただし,なぜ債務免除益の所得区分が原則としてすべて一時所得に該当すると主張する点,及び,借入金の債務免除益の法的性質が変化する場合に一時所得の例外として取り扱われるべき場合について上記の二つの判断基準だけで足りるのかという点(日本の所得税法は10種類の所得区分を設けている。)に関する論証がやや十分ではないことも指摘しておかなければならないであろう。もっとも,これらの弱点は今後の研究によって克服されるべきであって,本論文が租税資料館賞奨励賞を受賞するにふさわしい水準であることを否定するものではない。 

論 文(PDF)