茂住 政一郎 稿 “Tax Expenditures and the Tax Reform Act of 1969 in the United States”

茂住 政一郎 稿 (横浜国立大学大学院国際社会科学研究院 准教授)
“Tax Expenditures and the Tax Reform Act of 1969 in the United States”
(2022年1月 Cambridge University Press 発行『Social Science History』 Vol.46 Issue 1 , Spring 2022 掲載)

 

 本論文は、租税支出、すなわち租税優遇措置による租税歳入減少及び税制の不公平化が公衆の租税抵抗を惹起するという問題意識に基づき、米国の1969年税制改革法に至る政策決定過程とその後の結果に係る歴史分析を行うものである。

 1969年法は、スタンレー・サリー教授らが主導した、包括的所得税の理念に基づく改革立法として知られ、我が国でも金子宏教授ほか多くの研究者により学術的分析が行われてきたところであるが、本論文では同法に至る改革構想が同時代的にどのように受容され、相対立する様々な立場の妥協の産物として成立したか、その結果、同法がその後の連邦税制にいかなる影響を及ぼしたかを、当時の資料に基づいて丹念に明らかにするものである。

 本論文が明らかにした1969年税制改革法の諸側面は、我が国の先行研究でも全く指摘されていなかったわけではないが、本論文はより具体的な政治過程にフォーカスすることで、同法の成立に至る興味深い歴史的事実を明らかにすることに成功している。例えば、租税支出を整理して水平的公平と税収の回復を目指す改革構想は、1960年代初頭には既に広く認知されていたにもかかわらず、改革主義的志向で知られる民主党J・F・ケネディ政権は、税制改革による税負担増に伴う景気下押し効果が失業率の低下を目指す(それ自体は再分配志向的な)政権のマクロ経済政策と相容れないという理由からこれを拒否し、税制改革が実現しなかったという顛末や、逆にこの税制改革が一般にはプロ・ビジネスと考えられる共和党ニクソン政権の下で実現した理由が、当時の経済状況(インフレ)や政治状況(低・中所得者層からの支持をどう取り付けるか)といった複合的な要因によって説明されることなどは、従来あまり指摘されてこなかった点であろう。これらは、著者がこの政策決定過程に関わった諸アクターの発言や書簡を丹念に拾い上げて分析する作業を行った成果であり、税制改革と政治社会情勢の複雑な関係性を歴史的・実証的に明らかにするものとして、質の高い学術的貢献と言えよう。

 また、本論文は、1969年改革法が確かに部分的に水平的・垂直的公平を高め、低中所得者層にも減税をもたらしたが、むしろその妥協的性格ゆえに、1970年代以降、政治指導者が納税者の歓心を買うための手段として再び租税支出の増殖に手を染める要因を埋め込むものでもあったことを明らかにしており、筆者の問題意識に対する例証を与えるものとなっている。

 以上のように、本論文は、租税支出と税制改革という古典的なテーマに、先行研究が手薄であった角度から実証的な貢献を行い、学術的意義のある知見を導出するものであり、とりわけその高い実証性は、本論文を受賞に相応しい優れた研究業績たらしめている。もっとも、論文単体として見た場合、1969年税制改革法に立ち返る現代的意義がもう少し分かりやすく示されていると良かったと言える。また、時系列に沿った叙述は方法論上必然という面もあるが、読者への訴求という点ではやや構成面での工夫の余地もありえよう。もっともこれらの欠点は本論文の評価を大きく損なうものとは言えず、本論文の学術的貢献が租税資料館賞に値するものであることは明らかである。

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