阿部 直子 稿「一時所得の非対価要件の判断基準―東京地裁令和3年1月29日判決を素材にして―」

阿部 直子 稿 (青山学院大学大学院 院生)
「一時所得の非対価要件の判断基準―東京地裁令和3年1月29日判決を素材にして―」

 

 本論文は、一時所得の要件の一つである非対価要件の判断基準については、「対価としての性質」の解釈及び非対価要件該当性の判断において偶発性の適否を考慮すべきか否かの2点について判例及び学説でも見解が分かれており、一時所得と雑所得との区分を不明確にしているとの問題意識から、非対価要件の判断基準を論じるものである。

 非対価要件該当性の判断基準のあり方としては、①非対価要件の役割は単に「対価としての性質」を除外することであること、②偶発性の適否は考慮すべきではなく、分水嶺は明確であるべきこと、③「対価」と判断されない限りは、「対価としての性質を有しないもの」であることは否定されないことが適切であり、これらの点から、筆者の見解としては、非対価要件の判断基準としては、偶発性の適否の考慮をしない対価狭義説が妥当と結論付ける。
 その上で、「労務その他の役務」には民法上の役務提供契約に基づく判断基準の提言を行う。

 先行研究を渉猟して、筆者なりの視点から、「対価としての性質」の解釈に係る検討の余地を見出して考察しており、研究対象の設定に工夫が見られる。また、考察が精緻に展開されており、そこから導出される結論は合理的と評価できる。

 非対価要件の判断基準に関してこれまで示された見解を、対価狭義説(対価としての性質を厳格に捉え、偶発性の適否を考慮しない見解)、対価広義説(対価としての性質を緩やかに捉え、偶発性の適否を考慮しない見解)、偶発性考慮説(偶発性の適否の考慮に重点を置く見解)に整理した上で、それぞれの考え方の意義、特色及び問題点等を明らかにした上で丁寧に考察されており、独創性が表れていると言える。

 また、筆者が妥当とする対価狭義説を、民法上の役務提供契約に基づく判断基準と位置付けて、事例へ当てはめる検証方法を提示するとともに、素材とする裁判事例で確認する点は、仮設の検証手法として基本に忠実である。
 
 なお、非対価要件該当性の判断基準のあり方については、筆者は、非対価要件の役割、立法の経緯及び規定の文言解釈等から、あり方の枠組みを設定しているが、その論証を更に充実したものとすることにより研究水準が高まったのではないかと思われるものの、論文全体の評価を損なうものではない。
 裁判例及び学説も未だ見解が分かれている一時所得の非対価要件の判断基準について、本論文を契機として、今後の更なる考察が期待される研究論文と言える。
 それらを総合的に判断して、租税資料館賞にふさわしい論文であると評価する。 

論 文(PDF)