高橋 麻莉 稿「Assessing Tax Certainty Effectiveness Under Pillar 1」
高橋 麻莉 稿 (税務大学校研究部 教授)
「Assessing Tax Certainty Effectiveness Under Pillar 1」
(2022年4月25日 Tax Analysts発行 『Tax Notes International』 Vol.106 No.4,『Tax Notes State』 Vol.104 No.4 同時掲載)
本論文は、雑誌「Tax Notes International」第 106 巻第 4 号(2022 年)に掲載された英語論文である。
本論文第 1 章では、O.E.C.D.の Pillar 1 下における租税確実性(Tax Certainty)確保のフレームワークを既存の相互協議手続と比較する。まず、筆者はO.E.C.D., Tax Challenges Arising from Digitalization – Report on Pillar One Blueprint, 2020 の記述に基づき、租税確実性を担保するため、2 段階のパネル、すなわち review panel と determination panel が設置されることを述べている。そして、review panel は相互協議手続の形式をとるのに対し、determination panel は仲裁機能を持つとしている。第 2 章では、WTO における紛争解決システムを紹介し、現在の WTO紛争解決システムの機能不全の状況等に鑑み、過度に司法形式化された紛争解決システムはかえって紛争解決の実効性を損なう結果となると主張する。第 3 章では、WTO の状況を参考に、司法と立法の対立という政治的問題、独立企業間原則がいわゆるフォーラム・ショッピングによって統一的に運用されないという規範の問題、紛争解決コストが増大するという経済性の問題、そして、合意が遵守されないという履行の問題を、Pillar 1における租税確実性保障過程も抱えてしまうことを指摘する。最後に、筆者は、Pillar 1 における紛争解決システムは、過度の司法化されたシステムより、peer review を伴うソフト・ロー・アプローチの方がより効率的であると結論づけている。
Pillar 1 における租税確実性保障に関しては、筆者の論文公表以降、2022 年に、Tax Certainty Framework for Amount A 及び Tax Certainty for Issues Related to Amount A と題した 2 つの public consultation documents が発表された。その方向性は、筆者の指摘と必ずしも同じではないが、Pillar 1 における Tax Certainty 確保のための一つの提案として筆者の主張は時宜を得た適切なものであると評価することができる。
WTO の危機的状況は、拘束力のあるルール、拘束力のある紛争解決手続による執行アプローチへの過度の依存にあり、ソフトローあるいはソフト・エンフォースメント・アプローチの積極的活用によりデジタル貿易に関するグローバルな枠組みの構築に有効であるとする Yuka Fukunaga の先行研究を踏まえ、筆者は、WTO の紛争解決システムの危機的状況を他山の石として、Pillar 1 における紛争解決システムとしてソフト・ロー・アプローチの重要性を提言する。国税職員としての筆者の実務経験からもたらされるこの問題意識は明快であり、Pillar 1の紛争解決スキームに係る一つの提言として、よく論点整理されており、また、貴重な日本からの発信としても大いに評価することができる。
このように本論文はPillar 1 における紛争解決システムを模索する優れた論文として大いに評価することができる。今後の課題としては、本論文の後の展開として、Pillar 1 における紛争解決システムに関し、司法化されたシステムではなく、なぜソフト・ロー・アプローチの方が優位性を持つのかについて詳細かつより積極的な論証を展開すること期待したい。