山本 佳子 稿「美術品の社会的価値創出に対応した新しい税制の検討―「美術品等」の定義の必要性と「生活に通常必要か否か」概念の廃止―」

山本 佳子 稿 (明治大学専門職大学院 院生)
「美術品の社会的価値創出に対応した新しい税制の検討―「美術品等」の定義の必要性と「生活に通常必要か否か」概念の廃止―」

 生活用動産の譲渡による所得は、所得税法 9 条 1 項 9 号により非課税所得として扱われるが、生活に通常必要でない資産が除外されているところ、「美術品等」がそれに該当するか否かが問題になる。本論文は、いわゆる美術品等の取引に関する課税関係を、所得税法に規定する「生活に通常必要な資産」の概念と関係づけて分析したものであり、「美術品等」の定義の必要性と所得税法における「生活に通常必要な」という概念の廃止を主張している。

 本論文第 1 章では、美術品の概念は、借用概念でも固有概念でもなく、その他の概念であることを確認した上で、所得税法の「生活に通常必要でない資産」に関する制度を紹介する。第 2 章は、日本の美術品課税制度について、美術品等を個人で取引する場合の所得税の取扱い、美術品等を事業用資産として取得する場合や美術品等を寄附する場合の法人課税制度及び美術品等にかかる相続税法の取扱いの概要を述べている。第 3 章では、美術品該当性や生活に通常必要な資産該当性に関する判例を紹介する。第 4 章では、アメリカやヨーロッパ諸国及びその他の国の美術品等課税制度を紹介している。第 5 章が本論文の核心であるが、そこで筆者は、文化財保護法や美術品の美術館における公開の促進に関する法律等を参照しながら美術品等の定義を試みるとともに、その曖昧性を理由に「生活に通常必要な」という概念の廃止を主張している。

 本論文はこれまでほとんど未開拓であった美術品等に関する課税制度を扱い、「生活に通常必要な」という概念の廃止という大胆な提案を行うなど新規性及び斬新性という観点において大いに評価される。それに、美術品の売買に携わっていたという自身の豊富な経験から、美術品等の減価償却資産の判定に疑問をもっており、その問題意識は極めて明快である。生活に通常必要か否かの判断について、美術品等を例に検討している点に本論文の最大の特徴がある。「美術品等」の判断が個々の主観に委ねられれば、恣意的になり、安定性を欠く。関連法令やその経緯を丹念に調べたうえで、定義の要素を導きだしており、筆者のチャレンジ精神は旺盛である。

 ただし、本論文には、いくつか改善すべき点も見受けられる。たとえば、第 1 章第3節第 3 款で美術品等を経済的観察の対象とすると述べているが、それが本論文の論理展開においていかなる意味を持つか必ずしも明確ではない。また、美術品等に対しどのような課税を行うかは優れて政策的判断が必要とされるところ、「生活に通常必要な資産」というどちらかというと理論を背景とする制度を「美術品等に対する課税」という極めて限定的な視点にたった政策的観点から評価している点も気になるところである。

 とはいえ、本論文は、その着眼点の良さ及び「生活に通常必要な」という概念の廃止という大胆な提案を示す真摯かつ積極的な姿勢は大いに評価されるべきであり、租税資料館奨励賞を受賞する価値があると認められる。

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