座間 泰明 稿「受益権評価と課税方式との関係からみた福祉型信託課税のあり方 ―遺留分減殺請求時の論点を基点として―」

座間 泰明 稿「受益権評価と課税方式との関係からみた福祉型信託課税のあり方 ―遺留分減殺請求時の論点を基点として―」

(大阪経済大学大学院 院生)

 本論文は、どちらかといえば租税政策論に属する論文である。福祉型信託への現行課税制度の適用に関しては、遺留分減殺請求との関係で相続税法の課税対象者や対象財産権が如何にあるべきかが問われることがある。筆者は、現行法適用にとって不都合が生じているところを指摘するなど、現行課税制度を批判的に分析検討する。その結果、現行の受益者課税の原則を受託者課税の原則に変更するなどの、信託税制の改正すべき点を指摘し提言する。

 個々の問題の検討に際しては、遺留分減殺請求の法的性格や価格弁償と実物弁償の私法上の効果の違いが税法に及ぼす効果などを詳細に分析しながら、現行法の下での受益権評価の困難性を具体的に指摘し、受託者課税の必要性を論証している。

 全体の構成は、4章からなる。1章で福祉型信託における遺留分減殺請求が提起する課題として、受益権の評価の問題と減殺請求の行使の相手方の問題を抽出し、前者については所有権と異なる債権とみるべきと指摘し、後者については受益者説より受託者説により構成することが適当であるとの仮説を立てている。

 そのような前提に立った上で、2~3章においては、遺留分減殺請求時において考えられる課税関係を、豊富な先行研究と関係判例の検証に基づき整理して、遺留分減殺請求の基礎となる財産の評価の妥当性や所得の帰属に関する税法の法律的帰属説等を根拠に挙げつつ、著者の主張する受託者課税説の正当性を論証している。

 研究対象の性格上、学説・判例の検証に際しては、理論面の課題を論じた先行研究を引用参照する部分も多いが、その一方では、多くの先行研究を十分渉猟して自己の理論構成の説得材料とし、特に受託者の所得蓄積権限の濃淡をメルクマールとして課税主体を判断すべきとするなど、比較法研究の成果を有効に活用している。

 望ましい福祉型信託の課税理論の提言に際して、筆者は、受益者課税論と受託者課税論の両論をメリット・デメリットで比較検証するとともに、決め手不足の状況下で参考となる受託者課税論に立つ英国信託課税制度からの知見でもって、自説の理由づけを補完する。

 本論文について特筆すべき点としては、まず、著者が私法上の信託法の仕組みと意義を十分理解したうえで、福祉型信託に受益者課税の理念に沿って現行税制を適用した場合の問題点を鋭く指摘している点を挙げることができよう。筆者は、信託法と税制の両法制間の相互作用を踏まえつつ、信託税制改正後の課題の原因が、受益者連続や裁量信託など福祉型信託の特性への制度適用上の不整合にあると指摘する。現行法の解釈上の諸課題(遺留分減殺請求の相手先や対象資産等)を判例の検証を含めて幅広く検討し、受託者課税に集約すべきとの自説をまとめている。その論旨によどみはなく、検証に際しては自説の主張のみならず賛否両論を公平に検証している。また、外国制度の調査については先行研究の活用が多く見られるものの、それらの文献を十分に咀嚼し、かつ、解決策につなげるような形で、自説の補強に有効に用いている。さらに、派生する問題の一つとしては、受託者が個人の場合と法人の場合のキャピタルゲイン課税にまで言及する。全体に優れた作品であり、高い水準に達していると評価できる。

論 文(PDF)・・・・・・3.21MB